国際交流を奏でるペルシャ楽器

2008年3月5日号

白鳥正夫


イランの伝統楽器・サントゥール

この10年、シルクロードを幾度となく旅してきましたが、イランは未踏の地です。1昨年暮れに隣国のトルコを旅し、昨年は50年ぶりという「ペルシャ文明展」を鑑賞してから、7000年の歴史を持つペルシャ(イランの古名)への興味を強めています。そうした時期、ペルシャ文化の普及を図る親日家でイラン人音楽家のプーリー・アナビアンさん、ダリア・アナビアンさん母娘と知り合いました。そのご縁で、コンサートのお手伝いをすることになりました。不穏な中東情勢ながら、地道に国際交流を続ける二人の活動を紹介します。

繊細な楽器、サントゥールの響き


サントゥールを演奏する
プーリー・アナビアンさん

文化ナビゲーターの
ダリア・アナビアンさん

サントゥール共演の
河村真衣さん

「悠久の地ペルシャより サントゥールの調べと語り」と題したコンサートは、3月10日午後1時半から3時まで大阪・中之島のリーガロイヤルホテルで開催(お問い合わせ 06−6441−1727)。

サントゥールは、古代ペルシャから伝わり、ピアノの原型になったとされているイランの伝統楽器です。台形の共鳴箱に張った72本の弦を先にフェルトの付いた細いバチで打ち鳴らして演奏しますが、繊細で神秘的な音を奏でます。

演奏するのはプーリーさんで、テヘラン生まれ。5歳からサントゥール演奏を学び、イラン国立テヘラン大学ピアノ科を卒業します。古美術商を営んでいた父の故ラヒム・アナビアンさんと共に1972年に来日し、現在は神戸市在住です。

ペルシャ音楽を日本に伝えたいと、1984年から20年余、大阪音楽大学で講師を務めています。今回の演奏には、大阪音楽大学出身でプーリーさんに師事する河村真衣さんも共演。プログラムは、イランに古くから伝わる曲をアレンジした「ペルシャ・ファンタジー」を披露します。

コンサートに彩りを添えているのがダリアさんのスライドを駆使しての語りです。古代ペルシャの遺跡から現代イランまでの歴史や文化を流暢な日本語で話し、祖父の収集した色鮮やかなペルシャ錦なども紹介します。ダリアさんは神戸カナディアン・アカデミーを卒業後、テレビやラジオのリポーターや通訳、エッセイの連載など幅広い仕事をこなしています。

親子3代にわたる日本との交流の道を拓いたのがラヒムさんです。17歳の時から古美術の収集を始め、その道の第一人者になったのです。シルクロードに関心を寄せていた作家の井上靖氏や日本画家の平山郁夫氏、奈良県のシルクロード学研究センターの樋口隆康所長らとも親交を培ったのでした。


ホテル日航茨木でのステージ

石川県立音楽堂での演奏

ペルシャ錦を中心とするアナビアン・コレクションの一部は、東京国立博物館はじめ出光博物館、中近東文化センター、国立民族学博物館などにも収められています。そして米子市に1993年開館した井上靖記念館に併設されるアジア博物館には2000点ものコレクションが収蔵されました。イランと日本との橋渡し役になったラヒムさんは2001年夏、97歳で他界されたのです。

「平和」を唱え約800回の演奏会

父の遺志を受け継ぐプーリーさんは、日本で音楽の教鞭を執るかたわら、日本各地で「愛と平和」をテーマにしたサントゥールの演奏会を開き、その数は約800回といいます。さらに1993年には、民間交流の先駆けとなるNICE Society(日本イラン文化交流)を立ち上げました。

これまでにイランのアゼルバイジャン地方の民族舞踊や、ペルシャの伝統的な楽器で編成するイラン国立放送管絃楽団を招聘したり、ペルシャ書道と日本書道の合同展示会の開催などに取り組んできました。さらに2002年には、大阪音楽大学のサントゥール教室の生徒6人を母国のテヘランに派遣し、浴衣姿で演奏するなど、両国の交流に貢献しています。


結婚の贈り物として
珍重された
ペルシャ錦の毛織物

美しくよそわれた
ペルシャ料理

刺繍された作品を前にした
ダリア・アナビアンさん

私が初めてサントゥールの演奏を耳にしたのはその年の11月奈良県新公会堂の能楽ホールで開催された「奈良とシルクロードの語り部たち」の集いでした。日本の琴や中国の古筝とも異なる繊細な音色が新鮮に響きました。

その後、それぞれが親しくしていただいている薬師寺管主夫人の安田順惠さんを介して、度々演奏を聞き、アナビアンさん母娘と食事をするなどの機会に恵まれました。「日本とイランを結ぶ糸は細いのですが、少しでも太くしたい」との思いが伝わり、私は昨年3月のエルおおさか(大阪府立労働センター)の「ランチたいむコンサート」に続き、リーガーロイヤルの演奏会の企画を提案させていただくことになったのです。

この間、昨年10月にホテル日航茨木では「悠久の歴史の中に奏でるサントゥールの調べとペルシャ料理」という楽しい催しもありました。ダリアさんは料理にも通じており、スライドでの説明を聞き、キャバーブ・クビデ(ミンチ肉の焼き物)やゴルメサブズィ(青野菜のシチュー)などの本格的なペルシャ料理を味わったのです。当日はプロ野球・日本ハムのダルビッシュ投手の父でイラン人のダルビッシュセファット・フォルサさんもゲストで来場し、場を盛り上げていました。

また昨年12月には、金沢の石川県立音楽堂の邦楽ホールで薬師寺の安田暎胤管主の対談の会にプーリーさんと河村さんが招かれ演奏しました。私も大阪から駆けつけたのですが、プーリーさんはインフルエンザに罹り楽屋でダウンしていました。「どんなことがあっても舞台に穴を開けるわけにいかないわ」と、体調不良ながら演奏を無事に終えたのでした。当初はマイカーで会場に出向くと言うほど、細身で小柄な身体にもかかわらず、バイタリティーを秘めているのです。

2006年には「日本人のハートをペルシャのアートで」とばかりに、日本の唱歌を独自にアレンジしたCDアルバム「桜サントゥール」を制作しました。「ちんちん千鳥」を聞いたときに、サントゥールの旋律にぴったりと直感し、「さくら」や「ふるさと」「荒城の月」「五木の子守唄」も加えて収録されています。

「霧の彼方に消えた祖国」の訴え

一方、ダリアさんの父親はイスラエル人で、文字通り国際人です。プーリーさんより日本語の習熟度が高く、話すだけではなく読み書きも達者です。ペルシャの美術や歴史、食などの講演やトーク、執筆、さらには入国管理局や法廷での通訳まで自在にこなしています。

私が発行に関わっている文化財保存と共生をテーマにしたミニコミ誌『トンボの眼』にも優れたリポート「現代的だった古代ペルシャ」を寄せていただきました。その一節を紹介します。

霧の彼方に消えた祖国。その偉大な歴史が抹殺されようとしている。   
今から2565年前に建国されたイランは、当時の世界の先進国だった。キュロスII世という王がバビロニアを征服し、やがて黄金時代を迎えるアケメニス朝ペルシャ帝国を築いた。
キュロスII世は、慈悲深い政策を持つ解放者として人々に歓迎された。征服したそれぞれの地域の伝統、しきたり、言語、宗教を尊重し、そのまま認めて寛容な政策で統治し、巨大な異文化共存国家を形成した。ペルシャ帝国は、キュロスII世と息子カンビセウスのたった2世代で東はインド、西はエーゲ海、南はエチオピア、北は中央アジアまで支配した。中央集権を確立し、今でいう国連に近い機構を創り上げた。諸国、諸部族から貢物を携えた使節団を迎え、忠誠を誓わせる政を行い、そこで世界で始めての人権宣言を発した。
古代ペルシャ帝国は、法律による統治が優れていて、近代国家への礎を築いた。都市の縦横に道路、灌漑地下水路を設け、港を整備し、スエズ運河の先駆としてナイルと紅海を繋ぐ運河を掘り、エジプトとペルシャを船で自由に行き来させた。(中略)
イランとイスラエルの二重国籍を持つ私は一つ問いかけたい。27年前の革命後の両国の敵対が、2500年以上続いた友好の歴史を教科書の一ページを裂くように消せるのか。
古代ペルシャが創り上げた異文化共生の理念こそ、国や宗教の争いがますます混迷してゆく現代に必要なものだ。戦争、テロ支援国家、核疑惑、イスラエル破壊宣言、そんなイメージは、いらん。


千客万来のアナビアンさん宅

ユネスコの世界遺産に登録された
古代遺跡のペルセポリス

ワシの頭とライオンの胴体を持ち、
黄金の宝を守るとされた
想像上の怪獣

短い文章の中にも自己主張が的確に盛り込まれています。イランと言えば、アメリカが「悪の枢軸」と名指ししテロ支援国家として位置づけ敵対しています。アメリカと友好関係にある日本としても、イランとの関係は微妙なのです。しかしこうした時代だからこそ、イランへの理解を深めることが大切です。

ダリアさんは、通訳の仕事でイラン人の人権侵害の例を幾つも見てきたと言います。イランで西洋の衛星放送や雑誌を見たために警察に目を付けられ、自由を求めて来日したイラン人が、難民申請したそうです。日本ではそうした現状が全く理解されず、入国管理局で8ヵ月間も拘留され、自殺にまでに追い込まれた例があったのです。イラン人は国内外で抑圧されているのが現状なのです。

「祖国が霧の彼方にある」と、『トンボの眼』の書き出しの言葉には、ダリアさんの複雑な心境が垣間見えます。

この1年、私は何度かアナビアンさんの自宅を訪れました。その度にマスコミや警察の方、美術関係者、建築家ら幅広い人と同席することができました。アナビアンさん母娘が紡ぐ糸は次第に太くなっているのを実感します。近い将来、二人の案内で古代ペルシャの遺跡と、現代のイランをめぐる旅を実現したいものです。

 

 

しらとり・まさお
ジャーナリスト、朝日新聞社前企画委員。1944年、愛媛県新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、日刊工業新聞社編集局を経て、1970年に朝日新聞社編集局に入社。広島、和歌山両支局で記者をした後、大阪本社整理部員。1989年に鳥取支局長、1991年に金沢支局長、1993年に大阪企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を務める。編著書に、『アートへの招待状』(梧桐書院) 『大人の旅」心得帖』 『「文化」は生きる「力」だ』(いずれも三五館)『夢をつむぐ人々』『夢しごと 三蔵法師を伝えて』『日本海の夕陽』(いずれも東方出版)、図録『山本容子の美術遊園地』『西遊記のシルクロード 三蔵法師の道』『ヒロシマ 21世紀へのメッセージ』(いずれも朝日新聞社)などがある。

新刊
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけないことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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