超絶技巧の美、宮川香山と明治有田の陶磁器
2016年5月18日号
白鳥正夫
スポーツの祭典がオリンピックなら、科学や産業並びに芸術の祭典として発展したのが万国博覧会(万博)です。19世紀後半、多くの国々が威信をかけて産業品を出品し、美術の面も大いに力が注がれました。日本も1867年のパリ万博から浮世絵などを出品し、それらはジャポニスムとしてヨーロッパの芸術活動に影響を与えました。日本の工芸は、これより先の1851年のロンドン万博にも、中国の部の中に日本の漆工芸は出品されるなど注目されました。
その中でも、超絶技巧によって緻密に装飾された宮川香山や明治有田の陶磁作品が絶賛されました。そうした作品を展示した特別展「没後100年 宮川香山」が大阪市立東洋陶磁美術館で7月31日まで、「明治有田 超絶の美―万国博覧会の時代―」が兵庫陶芸美術館で6月5日まで、それぞれ開かれています。一部会期が重なった両美術館の展覧会は絶好の機会といえます。
世界から「魔術師」と呼ばれた
宮川香山の絶品約140点を展示
宮川香山
「重要文化財
褐釉高浮彫蟹花瓶」
(1881年、
東京国立博物館蔵) |
宮川香山
「高浮彫牡丹
ニ眠猫覚醒蓋付水指」
(明治時代前期)
以下3点は、
田邊哲人コレクション
神奈川県立歴史博物館寄託 |
宮川香山
「高浮彫獅子
四窓遊蛙鈕蓋付壺」
(鎌倉〜南北朝時代) |
宮川香山
「釉下彩紫陽花図花瓶」
(1897年) |
宮川香山
「重要文化財
黄釉梅樹文花瓶」
(1893年、
東京国立博物館蔵) |
宮川香山
「仁清意少女立像」
(明治時代後期〜
大正時代初期、
田邊哲人コレクション) |
初代宮川香山(1842〜1916)は、京都の真葛ヶ原(現在の京都市東山区円山公園)に陶工・真葛宮川長造の四男として生まれました。陶器や磁器の製法を学び、19歳の時に家督を継ぎます。1868年には、岡山藩の家老で茶人の伊木忠澄から請われ、備前虫明(現在の岡山県瀬戸内市邑久町虫明)へ赴き、制作の指導にあたっています。
その腕は評判を呼び、1870年に文明開化の町・横浜へ招聘されます。当時、明治政府は外貨獲得の手段として輸出向けの近代産業の育成に力を入れていて、香山は陶磁器を作る工房・窯を築いたのです。その窯が、明治、大正、昭和にわたって横浜に花開いたやきもの「真葛(まくず)焼」の始まりでとなりました。三代目の時、横浜大空襲に罹災し窯・家は全焼し、四代目の死で、廃窯となり香山の名も絶えたのでした。
香山は、欧米諸国の趣向に応えるため、陶器の表面を写実的な浮彫や造形物で装飾する「高浮彫(たかうきぼり)」と呼ばれる新しい表現技法を生み出し、1876年のフィラデルフィア万博から次々に出品し、数多くの受賞を果たします。さらに生産効率を上げるため、作風を一変。清朝の磁器を元に釉薬や釉下彩の研究に没頭し新たな技法を開発します。香山の築いた真葛焼はその後も輸出産業の主役の一つとして持てはやされ、1896年、香山は、陶芸の分野では二人目となる帝室技藝員に任命されます。
今回の展覧会では、香山没後100年を記念して、約50年にわたって世界中から集めたという田邊哲人さんのコレクションを中心に、神奈川県立歴史博物館東京国立博物館の所蔵品も加えた一大回顧展です。驚くほど精緻で華麗な装飾を施した「高浮彫」の作品はじめ、清朝の磁器にならって創った釉下彩や青磁などの優美な作品約140点を展示しています。さらに釉薬の実験結果を詳細に記したノートなどの資料も見ることが出来ます。
展示構成は、プロローグの万国博覧会を舞台に―華麗なる高浮彫の世界」でいきなり「高浮彫」の大きな花瓶がずらり並び壮観です。第1章の「京都、虫明(むしあげ)そして横浜へ」では、初期の京都時代・虫明時代の茶道具類、さらには横浜眞葛焼 草創期の、粉彩(ふんさい)の作品が出品され、第2章「高浮彫の世界」、第3章「華麗な釉下彩(ゆうかさい)・釉彩の展開」と続き、エピローグ「香山の見果てぬ夢」で締めくくっています。
やはり目を引くのが第2章の「高浮彫」の作品です。花瓶や香炉などに鶉・鷹・鳩などの鳥、桜・蓮・葡萄などの植物、猫・熊などの動物、鬼や擬人化された蛙など、様々なモチーフが立体的に、そして写実的に表現されています。まさに超絶技巧のオンパレードです。
一転、第3章は釉下彩をはじめとする新たな作品は、上品で優美です。こちらも1889年のパリ万博や1893年のシカゴ・コロンブス万博など国内外の博覧会で高い評価を獲得したのでした。殖産興業の一環として輸出用に作られた作品が多いため、日本国内に残っていた作品の数は限られており、現在、日本国内にあるこうした「高浮彫」作品など、香山作品の多くが海外からの貴重な里帰り品です。
主な作品では、重要文化財の「褐釉(かつゆう)高浮彫 蟹 花瓶」(1881年、東京国立博物館蔵)は、香山初期の代表作です。初めて見るも者にとって度肝の抜かれる一品です。花瓶の口縁部に二匹の蟹が重なり合っています。荒々しく造形された花瓶の胴部や脚部と相俟って、「こんなデザインをよく考えだしたもの」と驚かされます。
チラシなどに紹介されているのが、「高浮彫 牡丹ニ眠猫覚醒蓋付 水指」(明治時代前期・19世紀後期神奈川県立歴史博物館寄託)も大胆な意匠です。日光・東照宮の国宝「眠猫」に因んだ作品です。猫と牡丹の組み合わせは、東照宮と同じですが、猫は前足を耳脇まで上げ、目は大きく見開いた姿で水差の蓋に丸くなって表現されています。水差の胴部の牡丹も鮮やかな「高浮彫」の名作です。
重要文化財の「黄釉銹絵(おうゆうさびえ) 梅樹図 花瓶」(1893年、東京国立博物館蔵)は、1893年のシカゴ・コロンブス万博への出品が確認される現存の唯一の作品とのことです。口縁部から裾にかけて、美しいS字状の曲線を描く花瓶です。胴部から頸部にかけて枝を伸ばした梅の樹と白抜きで表され白梅が墨絵風に描かれ、優美に仕上げられています。
香山は必ずしも、現代では有名といえませんが、新たな創造に、高い技術が相まって生まれた作品によって、当時の日本陶芸界の第一人者であったことは十分に理解できます。担当の重富滋子学芸員は「香山は当時欧米でジャポニスムやアールヌーヴォーが流行していたことを、日本にいながら情報を得ていました。同時代のヨーロッパの名窯と肩を並べ、釉薬の研究に邁進し、万博を舞台に互いに影響を与え合いました。その生涯は、まさに世界が『魔術師』と呼んだように、常に挑戦し続けたものです」と評しています。
なお「宮川香山」展は、東京のサントリー美術館に続いての大阪展で、10月1日から11月27日まで瀬戸市美術館に巡回します。この展覧会とは別仕立ての「世界を魅了した陶芸家 宮川香山」展が3〜5月に岡山県立美術館で開催されていました。こちらは山本博士さんのコレクションが中心で、「虫明焼と明治の陶芸」をテーマにしていました。
「高浮彫」の名品がずらり並ぶ展示会場
(大阪市立東洋陶磁美術館) |
細密描写で創出された明治有田
万博時代に発展、約150点を展示
香蘭社(辻勝蔵)
「色絵菊花流水文透台付
大花瓶(対)」
(1876年頃) |
精磁会社
「色絵鳳凰花唐草文
透彫大香炉」
(1879〜1897) |
深川栄左衛門
「色絵牡丹唐草鳳凰文大花瓶」
(1870年代) |
香蘭社
「色絵獅子牡丹文大皿」
(1875年) |
辻勝蔵
「色絵笠仔犬置物」
(1879〜1880年代) |
一方、江戸時代初期、日本で最初に磁器づくりに成功した有田では、国内にとどまらず、ヨーロッパ各国の王侯貴族を魅了します。明治時代に入ると、政府により殖産興業の産地として位置づけられ、華やかな色彩で飾られた欧米向けの輸出製品が制作されます。香山の作品と同様、1873年のウィーン万博をはじめ、世界各国で開催された博覧会で高い評価を受けました。「明治有田」展では、明治期に有田をリードした香蘭社や精磁会社の色彩豊かな花瓶や大皿のほか、初公開となるデザイン画など約150点により、その魅力を紹介しています。
明治政府作成の「温知図録」等の新図案をもとに革新的な制作に取り組んだ有田では、手描きとは信じられないような、細密かつ正確無比な絵付けや、わずか数ミリの高低差を付けた透かし彫りによる文様など超絶技巧を駆使します。巨大な花瓶や再現不可能と言われる細密描写で創出された有田焼には、明治というエネルギッシュな時代の雰囲気が表れています。
展示は万博全盛期の時代背景のなかで変容する作品を4章に分け、展示しています。第1章の「万国博覧会と有田」では、ウィーン万博の成功で時流に乗り、有力窯業者の深川栄左衛門や深海墨之助、辻勝蔵らが日本初の陶磁器製造販売会社である香蘭社を1875年に設立し、フィラデルフィア、パリ万博に向け、さらに質を向上させた傑作を生み出した初期の作例を紹介しています。
第2章の「香蘭社の分離と精磁会社の誕生」では、香蘭社設立から4年後、1879年に深川と袂を分かった深海や辻らが新たに創立した精磁会社の作品と同時期の香蘭社の作品を出品しています。深川は美術品以外の碍子などで香蘭社の経営安定を図る一方、精磁会社は採算性を度外視して多くの名品を世に送り出したものの、20年を経ず解散します。
第3章の「華やかな明治有田のデザイン」では、文様の絵付けに図案を活用した花瓶、皿、食器などを、もととなった図案と比較して展示しています。明治政府主導で制作された「温知図録」をもとに作られた工芸品は万博に出品されます。香蘭社に残された図案は、明治有田のデザインとその変遷を物語っています。
第4章の「近代有田の発展」では、精磁会社の解散の頃、香蘭社の創立者の次男・深川忠次が設立し、宮内庁御用達を拝命した深川製磁の作品や、鍋島公爵家から特注された深川製磁、香蘭社の製品など、明治後半期の作品を紹介しています。
主な出品作のうち、香蘭社(辻勝蔵作)の「色絵菊花流水文透台付大花瓶(対)」(1876年頃)は、フィラデルフィア万博の出品作と考えられます。花瓶の胴回りに流水と菊の文様、足部に透かし彫りが施されています。
精磁会社の「色絵鳳凰花唐草文透彫大香炉」(1879〜1897年)は高さ1メートルにおよぶ大香炉で、全体に吉祥文があしらわれた豪華な一品です。近年里帰りした作品です。
香蘭社の「色絵獅子牡丹文大皿」(1875年)は鮮やかな色彩の牡丹で埋め尽くされ、その中に3頭の獅子がだまし絵風に描きこまれています。
展覧会は、そごう美術館(横浜)を皮切りに全国7会場を巡回し、3番目の兵庫陶芸美術館は関西唯一の会場です。明治時代を中心とした近代の有田焼を100点以上まとめて見られる機会は、1983年に佐賀県立九州陶磁文化館で開催されて以来、約30年ぶりとなります。
大花瓶の展示を見る観客
(兵庫陶芸美術館) |
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しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。 |
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「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ
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人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。 |
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
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発行:三五館 |
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第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開
新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する |
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱
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定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院 |
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・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり
「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。 |
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語
発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館 |
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序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
広がる「共生」の輪
私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。 |
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館 |
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アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。 |
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アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より) |
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「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。 |
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「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
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夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |
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夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。 |
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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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