存在感のあるユニークな絵画世界
2019年7月5日号
白鳥正夫
時代も画風も対照的ですが、巧みな絵画表現で存在感のある二つの個展を取り上げます。作品どころか、その名さえ知らなかった「横山華山」展は、京都文化博物館で8月17日まで開催されています。一方、今を時めく有名作家の驚きのタイトルが付けられた「人食いザメと金髪美女―笑う横尾忠則展」が、神戸の横尾忠則現代美術館で8月25日まで開かれています。夏休みをはさんでの長期開催です。これらユニークな展覧会に足を運んでみてはいかがでしょうか。
京都文化博物館の「横山華山」展
初の回顧展、幅広い画域の約100点
展覧会チラシに、「まだいた、忘れられた天才絵師。」との惹句が目に止まります。画家の名は横山華山。かつて華山は、自由自在に筆を操り、幅広い画域を誇り、江戸から明治にかけて人気を博していました。海外のコレクターに買われ、多くの優品が流失したためか、どの画派に属していなかったためか、その名は歴史の中で埋もれてしまったのです。
今回の展覧会は、多彩な画業を系統立てて紹介する初めての回顧展で、ボストン美術館から軸の大きさが縦3メートル、幅2メートルの大作《寒山拾得図》をはじめ6点、大英博物館からも3点が里帰りしました。うち7点が日本初公開です。曾我蕭白や弟子たちの作品も含め会期中に約120点が展示されます。
図録などを参考にすれば、横山華山(1781/4−1837)は京都生まれとありますが、福井藩松平家の藩医の家に生まれたという越後出身説もあり、定かではありません。幼い頃は家が貧しく生計を立てるため、北野天満宮で砂絵を描いてその日暮らしをしていたともいわれています。西陣織業を営む横山家の分家の養子となり、本家が支援した曾我蕭白に傾倒し、岸駒に入門した後、呉春に私淑して絵の幅を広げ、多くの流派の画法を身につけました。
華山の名は、没後しばらくは有名な書画家の一覧表に掲載され、夏目漱石の『坊ちゃん』に登場するなど、それなりに知られていたようです。江戸中期の絵師、伊藤若冲(1716−1800)も生前は京都で活躍し、人気と知名度を誇っていましたが、明治以降一般には忘れられがちな時期もありました。しかし1970年に辻惟雄氏の『奇想の系譜』で紹介され、2000年に京都国立博物館で企画の「伊藤若冲展」で、若沖ブームを呼び、いまや江戸を代表する画家になったのです。今回の企画展は、華山の再評価につながるものと大いに期待がふくらみます。主な展示品を取り上げます。
展示は、第1章が「蕭白を学ぶ−華山の出発点−」で、冒頭から曾我蕭白の《蝦蟇(がま)仙人図》(江戸時代 18世紀、ボストン美術館)を手本に模写した華山の《蝦蟇仙人図》(江戸時代 19世紀、個人蔵)が並んで展示されています。構図は似ていますが、詳細に見ると、仙人の手足の表現やガマの表情などが違っていて、蕭白の不自然さを修正しています。この1点だけでも、華山の力量が並みでないことが分かります。大作の《寒山拾得図》(江戸時代 19世紀、ボストン美術館)も、蕭白風の重厚な描き方です。
第2章以降、題材ごとに「人物―ユーモラスな表現―」、「花鳥―多彩なアニマルランド―」、「山水―華山と旅する名所―」、「風俗―人々の共感―」、「描かれた祇園祭―《祇園祭礼図巻》の世界―」と続き、6章で構成されています。人物も花鳥も、風景もどんな対象にも向き合い、巧みに描いた表現力に驚くばかりです。
中でも圧巻は《祇園祭礼図巻》(江戸時代 1835−37年、個人蔵)で、上下巻合わせて約30メートルに渡って克明に描いた壮大な絵巻です。山鉾巡行だけでなく、巡行以外の行事や祭りで賑わう人々の姿まで事細かに正確に描いています。近年発見された《祇園祭鉾調巻〈祇園祭礼図巻下絵〉》(江戸時代 19世紀、京都市立芸術大学芸術史料館)も展示されていて、華山の丹念な取材がうかがえます。
横山華山《祇園祭礼図巻》上巻部分
(江戸時代 1835−37年、個人蔵)
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横山華山《祇園祭礼図巻》下巻部分
(江戸時代 1835−37年、個人蔵)
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横山華山《祇園祭鉾調巻〈祇園祭礼図巻下絵〉》部分
(江戸時代 19世紀、京都市立芸術大学芸術史料館)
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六曲一双の《紅花屏風》右隻(江戸時代 1823年)と、左隻(江戸時代 1825年、いずれも山形美術館[山]長谷川コレクション、8月3−17日展示)は、テレビ東京系列の番組「美の巨人」でも紹介されていました。京都の紅花問屋から依頼を受け、紅花が商品となるまでの農作業の過程を写実的に描いた傑作で、崋山は産地の埼玉や山形まで出向き、徹底した現地取材をしています。
横山華山《紅花屏風》右隻
(江戸時代 1823年−25年、山形美術館・
(山)長谷川コレクション、8月3-17日展示)
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9歳の時に描いたという《牛若弁慶図》(江戸時代 1889まは92年、個人蔵)は、幼い頃から画才に恵まれていたことを物語っています。また虎の絵を得意とする岸駒の弟子だったこともあり、華山も虎を題材に多くの絵を手がけています。《虎図》(江戸時代 19世紀、個人蔵)は、毛並みなど立体的に描かれ迫力があります。
このほか《富士山図》(江戸時代 19世紀、個人蔵)、《宝船図》(江戸時代 1837年、京都府[京都文化博物館管理])、《唐子図屏風》右隻(江戸時代 1826年、個人蔵)など、いずれも達者な筆さばきで出色です。
横尾忠則現代美術館の「人食いザメと金髪美女―笑う横尾忠則展」 「笑い」に焦点、遊び心満載の約140点
横尾忠則は、時代の空気を鋭敏に捉え、先駆的な作品を発表し続けています。今回は、さまざまな「笑い」にスポットをあてた展覧会です。横尾の作品には、緊張感ある画面への弛緩的な事物の導入や、本来出会うことのないモチーフどうしの組み合わせ、夢を思わせる不条理な場面設定、批評精神あふれるパロディなど、子どもの遊びのような無邪気さとシュルレアリスムの手法をあわせ持つ重層的な画面構成などによって、ユーモアやウィットが散りばめられています。その構成要素となっている謎と毒に注目した作品約140点が展示され、横尾作品の「笑い」の正体に迫っています。
横尾忠則(1936〜)は、兵庫県西脇市に生まれました。幼少の頃から美術やデザインに対する才能を開花させます。神戸新聞社にてグラフィックデザイナーとして活動後、独立。1980年、ニューヨーク近代美術館での「ピカソ展」に衝撃を受け画家宣言をします。その仕事は、ポスターからイラストレーション、ブックデザインなど、様々な印刷メディアへと展開し、さらに版画や絵画、出版、映画と多岐にわたります。膨大な作品は内外のパブリック・コレクションとして所蔵され、毎年各地で個展が開催されています。
今回の展示は3章で構成されています。プレスリリースなどを参考に、その内容と主な作品を紹介します。まず第1章が「仕組まれた謎」。横尾の遊び心は、自身の創作の源泉である少年時代の記憶や、挿絵とか映画といった大衆芸術に由来しています。大衆芸術と純粋芸術の間を行き来しながら、芸術における高尚さを笑っているようにも捉えられます。緊張感ある画面に異物を挿入することで生じる滑稽さや、弛緩的な要素が笑いを誘うのです。
この章では、この展覧会のタイトル「人食いザメと金髪美女」になり、チラシや図録の表紙を飾っている《Panicぱにっくパニック》(2002〜2012年、作家蔵[横尾忠則現代美術館寄託])が目を引きます。画面いっぱいにサメと美女の開いた口が描かれ、題名の文字が散らばっています。まさに横尾ならではの奇抜な構図です。
横尾忠則
《Panicぱにっく
パニック》
(2002〜2012年、
作家蔵
[横尾忠則現代美術館寄託])
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《天の足音》(1996年、作家蔵[広島市現代美術館寄託])は、炎の中に人やカメがシルエットのように浮かび、「天災は忘れた頃にやってくる」をもじって、「天才ハ忘レタ頃ニィヤッテ狂ゥ」との文字がかぶさったパロディ作品です。侍と横尾の歪んだ顔を対比させた《福笑い》(2003年、作家蔵[横尾忠則現代美術館寄託])などの作品もあり、楽しめます。
横尾忠則
《天の足音》
(1996年、作家蔵[広島市現代美術館寄託])
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横尾忠則
《福笑い》
(2003年、作家蔵[横尾忠則現代美術館寄託])
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第2章は「挑戦する笑い」です。アンリ・ルソーはじめ、ルネ・マグリット、ポール・デルヴォーら巨匠の作品を自作に引用した作品が登場します。私たち鑑賞者は違和感の正体を探しながら美術史を旅することになります。横尾が仕掛けた毒に気づいた鑑賞者は、にやりとさせられるはずです。
ここでは、《アンリ・ルソー「フットボールをする人々」より》(1967年、姫路市立美術館蔵)は、先頭を走る者の顔は無く、なんとボールにルソーとおぼしき顔が横向きに描かれています。また《美の盗賊》(2008年、作家蔵[横尾忠則現代美術館寄託])には、横尾が少年時代に夢中になった怪人二十面相と、マグリットが着想をえた怪盗ファントマを重ね合わせた作品です。
横尾忠則
《アンリ・ルソー「フットボールをする人々」より》
(1967年、路市立美術館蔵)
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横尾忠則
《美の盗賊》
(2008年、作家蔵[横尾忠則現代美術館寄託])
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スーパー狂言
「王様と恐竜」より
(2003年)
写真提供:国立能楽堂
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スーパー狂言で
使った
舞台衣装などの展示
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そして最後の第3章が「伝統と創造:スーパー狂言」です。横尾は2000年に国立能楽堂から委嘱された「ムツゴロウ」で初めて狂言のポスターと装束のデザインに携わります。2002年には「クローン人間ナマシマ」、翌年には「王様と恐竜」の舞台美術も手がけます。これら三部作は、原作:梅原猛、演出:二世 茂山千之丞で、狂言の伝統を継承しながら創造し、現在から未来へ繋ぐ横尾、梅原、茂山の真面目な遊び心が盛り込まれています。
藝術新潮の4月号に、今年1月に亡くなった「緊急追悼特集 梅原猛」が掲載され、スーパー狂言について記載されています。幻視者であり、予言者でもある梅原の存在に、横尾の創造力が引き出された視点でまとめられています。その中で、横尾は「日本の現状に対する批判精神が強烈に含まれていますが、理屈で批判するのではなく、笑いを通して訴えたほうが、説得力がありますよね」と、記されています。
展覧会会期中の7月13日には、会場に狂言師の茂山七五三、茂山千之丞、鈴木実を招いて、狂言「附子(ぶす)」の上演とトークショーが開催されます。ただし先着100名、参加無料です。詳しくは美術館にお問い合わせください。
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しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。 |
新刊
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「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。
社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。
シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。
玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。 |
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?
世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館 |
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「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ
第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい
人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。 |
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」
発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館 |
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第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開
新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ−ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する |
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱
発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院 |
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・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり
「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。 |
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語
発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館 |
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序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
広がる「共生」の輪
私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。 |
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館 |
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アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。 |
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アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より) |
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「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。 |
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「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。 |
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夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。 |
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夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。 |
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三五館(03−3226−0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06−6257−3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
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