一芸でない多様な表現の2展覧会

2024年7月1日号

白鳥正夫

近年、表現世界は多岐多様化していて、アーティストの活動も多面にわたっています。今回は一芸に秀でるだけではない二人の展覧会を取り上げます。大阪の国立国際美術館では、絵画にとどまらず陶芸や版画の制作も手がける特別展「梅津庸一 クリスタルパレス」が10月6日まで開催。一方、京都の京都府立堂本印象美術館では、日本画や洋画の具象絵画から、抽象絵画へと幅広く展開した堂本印象の企画展「五彩を感じて 印象の墨の世界」が9月8日まで開かれています。

国立国際美術館の特別展「梅津庸一 クリスタルパレス」
『大阪・関西万博』を意識した多岐の作品と意図

梅津庸一とは何者でしょうか。長年アートに関わってきましたが、その作品どころか名前も知りませんでした。それが画廊ではなく、国公立美術館では初めてという大規模な個展とあって驚きました。内覧会に駆け付け、作家の案内で会場を巡っていてその多彩さに納得した展覧会の概要から紹介します。

主催者の趣旨に次のように記されています。梅津について、明治期における洋画の歴史を参照しながら自画像を描き、また奔放かつ繊細な抽象ドローイングも数多く制作しており、ひとまず画家だと言えるでしょう。しかし、その仕事は絵画に限りません。近年では陶芸や版画の制作でも知られていますし、さらには作品制作という枠組みすらも軽々と越え、私塾の開設や展覧会の企画、非営利ギャラリーの運営、批評テキストの執筆といった活動を展開してきました。

梅津庸一は1982年、山形生まれ。東京造形大学絵画科卒業後、絵画作品を発表する傍ら、私塾「パープルーム予備校」(2013年)や自身が主宰する「パープルームギャラリー」の運営、テキストの執筆など、その活動は多岐にわたっています。現在、相模原と信楽の二ヶ所で制作しています。

今回の展覧会では、梅津の、2000 年代半ばより始まる活動の軌跡を追っています。広い会場に膨大な作品を展示するとともに、「人がものをつくるとはなにか?」をテーマに、梅津の仕事の随所から生じてくるこの問いにうながされ、制作という行為がもつ可能性を根本から考え直すことに、主眼を置かれています。

展覧会タイトルの「クリスタルパレス」の由来について、梅津は「1851年のロンドン万国博覧会で登場し、後には巨大な温室を含む複合施設として転用された鉄骨とガラスのパビリオンが『クリスタルパレス』です」と説明しています。  

万博と言えば、2025年に『大阪・関西万博』が開催されることもあり、それを意識したものです。万博が喚起する想像力の功罪について、「自分の個展を通して考えられたら」との思いも込められているのです。  

展覧会は5章構成です。プレスリリースなどを参考に各章の概要と代表的な展示作品の画像を掲載します。

第1章の「知られざる蒙古斑たちへ」では、「美術」の制度と個人史とを重ね合わせながら絵を描いていた初期の活動をたどっています。梅津が小学校6年生のときに描いた絵画《校庭から見える風景》や、大学卒業後間もないころの《魚肉ソーセージ》(2005年)などもあります。

梅津は、日本の洋画の歴史を参照しつつ、裸の自画像を手がけることで、注目されたのでした。ラファエル・コランや黒田清輝ら「美術の始祖」たちを下敷きにする制作によって、「この国で美術家として生きること」の可能性を根本から問い直そうとしています。

黒田清輝の《智・感・情》(1897-90)を、4枚の自画像で構成した《智・感・情・A》(2012-14年、東京都現代美術館蔵)は、日本の美術制度への批評的観点と自身の存在を重ね合わせた代表作です。


梅津庸一《智・感・情・A》
(2012-14年、東京都現代美術館蔵)
撮影:大谷一郎


一方、梅津が人知れず手がけていた大量のドローイング群が並んでいます。これらは内省的で詩的な文字列とともに、マンガやアニメのキャラクターのような人物像が描かれたものです。個人的かつ私秘的な制作への関心を、「公と私」という観点で展開しています。

ここでは《霞ヶ浦航空飛行基地》(2006年、高橋龍太郎コレクション)なども出品されています。


梅津庸一《霞ヶ浦航空飛行基地》
(2006年、高橋龍太郎コレクション)


第2章は「花粉を飛ばしたい!」。美術家として、作品制作だけで身を立てることは難しい。そんな現実と向き合いながら、なお美術という領域において「私有地」を確保していくことが、梅津の課題でした。「花粉」というキーワードが示唆するように、梅津はいつでも、異質なもの同士の思いがけない出会いを、そしてそれがもたらす予測不能な出来事の連鎖をもくろんでいます。

その点で、彼が2014年、神奈川県相模原市の自宅で立ち上げた「パープルーム」は示唆的です。私塾にして美術家集団、さらには画廊としての側面も持つその活動をとおして、「制作」と「生活」との両立を試みました。

続く第3章は「新しいひび」。2021年春、梅津は六古窯のひとつ、滋賀県の信楽へ移住します。長引くコロナ禍の閉塞感に疲れ、さらには現代美術という領域そのものへの不信を募らせていた当時の梅津には、作陶によって、いまいちど制作する意欲を取り戻すための時間が必要だったのです。


陶芸作品がずらり並んだ会場風景


手探りで進められるその不慣れな制作は、まさにリハビリといえます。かつて絵画において取り上げていた主題を、今度は陶芸へと転移させ、また陶芸を手がけるように絵画をつくる、そんな相乗効果も確認します。《フェンスにもたれかかるパームツリー》(2021年、作家蔵)などが目を引きます。


梅津庸一《フェンスにもたれかかるパームツリー》
(2021年、作家蔵)
撮影:今村裕司 画像提供:艸居


第4章は「現代美術産業」。粘土を捏ね、施釉し、窯で焼く日々を送るなか、梅津は次第に、自らの制作を下支えしてくれる「インフラ」への意識を強めていきます。窯という施設、また工人のサポートがなければ成立しない作陶実践を経て、「『つくる』とは個人に帰属するものだけでない」という事実を、あらためて意識します。それはまた、版画という別のジャンルに身を置くことでも再認識。摺師に促され、さまざまな版画技法を用いて実験を繰り返すなかで、梅津は制作という営みをより広い射程から捉えるようになります。

この章では、《sleep in the sky》(2022年、作家蔵)が展示されています。


梅津庸一《sleep in the sky》
(2022年、作家蔵)撮影:今村裕司


最後の第5章は「パビリオン、水晶宮」です。梅津はあらゆるものをその身に引き受け、総合しようと企てます。過去と現在、産業と芸術、プロとアマ、「美学と政治」といった線引きを曖昧にしていくことが、その主たる狙いです。

梅津の姿勢は一貫しており、何らかの物語や型にはめこもうとする美術館側の意図に抵抗を示すはずですが、むしろ逆に、彼はここ国立国際美術館の姿を、別様に浮かび上がらせようと意図しています。

国立国際美術館は当初、1970年の大阪万博の跡地を利用するかたちで開館しており、 万博とは深い関係にあり、梅津は「クリスタルパレス」という、新たな概念でもって介入しようと試みているようす。《集団意識》(2021年、みそにこみおでん蔵)や、《勢力図》(2023年、個人蔵)、《幻視》(2021年、艸居蔵)など興味深い作品が出品されています。


梅津庸一《集団意識》
(2021年、みそにこみおでん蔵)画像提供:艸居



梅津庸一《勢力図》
(2023年、個人蔵)



梅津庸一《幻視》
(2021年、艸居蔵)撮影:今村裕司 画像提供:艸居


担当の国立国際美術館の福元崇志・主任研究員は、「梅津の20年の仕事のすべてを見せたいという思いでつくりあげましたが、梅津はひとりの人間としてとらえきれないほどの活動の多様さと作品の物量を持っています。しかし通底しているのは『つくるということはどういうことか』という問いではないでしょうか」と強調していました。

京都府立堂本印象美術館の企画展「五彩を感じて 印象の墨の世界」
初期の水墨表現や戦後の抽象画、「墨」の世界

大正期から昭和期にかけて活躍した日本画家・堂本印象は後年には、抽象画の作品も数多くあります。今回は水墨表現の企画展です。印象の本格的な墨の表現の追求は、平安時代の仏画に見られる流麗な線に対する憧憬から始まりました。その後、仏教の教えを学ぶ中で墨の表現は抽象性を帯びていき、戦後には海外の抽象芸術の影響を受け、黒色を基調とした独自の抽象表現を完成させました。本展では初期の水墨表現とともに、戦後のアンフォルメルの影響を受けた抽象画を展示し、印象のモノクロームの世界を鑑賞できます。

堂本印象(1891-1975)は、京都生まれ。1919年に第一回帝展で初入選して以来、約60年にわたる画業において、常に日本画の限界を超えた最前線の表現に挑戦し続けた画家です。生涯を通して風景、人物、花鳥、神仏など多様なモチーフを描きましたが、特に1950年代半ばからは日本画家による抽象画という今までに見られなかった前衛的な表現を国内外で次々と発表し、画壇に強烈な足跡を残しています。

「墨に五彩あり」という言葉があります。濃淡の階調や巧みな筆さばきによって、墨のみでも豊かな色彩の世界を創り出すことができるのです。中国より伝わった水墨画は、禅の教えと共に広がり、日本において独自に発展しました。日本画家・堂本印象は、墨を愛した画家でした。

今回の展覧会には、ルネサンス絵画に想を求めた大正時代の水墨表現や抽象表現など幅広く出品されていますが、主な展示品を、画像とともに取り上げます。

代表作の《交響》(1961年、京都府立堂本印象美術館蔵) は、交錯しているさまを黒色の線の濃淡と色彩のみで表現した印象の抽象画で、第4回新日展に出品されました。「楽譜を私なりに解釈して、絵の中に私の交響曲を表現したい」とは、制作にあたっての印象の言葉です。


堂本印象《交響》
(1961年、京都府立堂本印象美術館蔵)


このほか、《はるかなる海》(1967年 京都府立堂本印象美術館蔵)、《倒影》(1959年 京都府立堂本印象美術館蔵)、《雲収日昇(右隻)》(1938年 京都府立堂本印象美術館蔵)、《夕顔図》(1935年 京都府立堂本印象美術館蔵)、《六祖風幡》(1930年 京都府立堂本印象美術館蔵)、《マリア》(1922年 京都府立堂本印象美術館蔵)などが展示されています。


堂本印象《はるかなる海》
(1967年 京都府立堂本印象美術館蔵)



堂本印象《倒影》
(1959年 京都府立堂本印象美術館蔵)



堂本印象《雲収日昇(右隻)》
(1938年 京都府立堂本印象美術館蔵)



堂本印象《夕顔図》
(1935年 京都府立堂本印象美術館蔵



堂本印象《六祖風幡》
(1930年 京都府立堂本印象美術館蔵)



堂本印象《マリア》
(1922年 京都府立堂本印象美術館蔵)


 



しらとり まさお
文化ジャーナリスト、民族藝術学会会員、関西ジャーナリズム研究会会員、朝日新聞社元企画委員
1944年、新居浜市生まれ。中央大学法学部卒業後、1970年に朝日新聞社入社。広島・和歌山両支局で記者、大阪本社整理部員。鳥取・金沢両支局長から本社企画部次長に転じ、1996年から2004年まで企画委員を努める。この間、戦後50年企画、朝日新聞創刊120周年記念プロジェクト「シルクロード 三蔵法師の道」などに携わる。

新刊
「シルクロードを界遺産に」と、提唱したのは故平山郁夫さんだ。シルクロードの作品を数多く遺し、ユネスコ親善大使として文化財保存活動に邁進した。

社長業を投げ捨て僧侶になった小島康誉さんは、新疆ウイグル自治区の遺跡の修復や調査支援を30年も続けている。

シベリアに抑留された体験を持つ加藤九祚さんは90歳を超えて、仏教遺跡の発掘ロマンを持続する。

玄奘の意志に導かれアフガン往還半世紀になる前田耕作さんは、悲劇のバーミヤンの再生に情熱を燃やす。
シルクロードの現代日本人列伝
―彼らはなぜ、文化財保護に懸けるのか?

世界文化遺産登録記念出版
発売日:2014年10月25日
定価:1,620円(税込)
発行:三五館
「反戦」と「老い」と「性」を描いた新藤監督への鎮魂のオマージュ

第一章 戦争を許さず人間愛の映画魂
第二章 「太陽はのぼるか」の全文公開
第三章 生きているかぎり生きぬきたい

人生の「夢」を持ち続け、100歳の生涯を貫いた新藤監督。その「夢」に交差した著者に、50作目の新藤監督の「夢」が遺された。幻の創作ノートは、朝日新聞社時代に映画製作を企画した際に新藤監督から託された。一周忌を機に、全文を公開し、亡き監督を追悼し、その「夢」を伝える。
新藤兼人、未完映画の精神 幻の創作ノート
「太陽はのぼるか」

発売日:2013年5月29日
定価:1,575円(税込)
発行:三五館
第一章 アートを支え伝える
第二章 多種多彩、百花繚乱の展覧会
第三章 アーティストの精神と挑戦
第四章 アーティストの精神と挑戦
第五章 味わい深い日本の作家
第六章 展覧会、新たな潮流
第七章 「美」と世界遺産を巡る旅
第八章 美術館の役割とアートの展開

新聞社の企画事業に長年かかわり、その後も文化ジャ-ナリスとして追跡する筆者が、美術館や展覧会の現況や課題、作家の精神や鑑賞のあり方、さらに世界の美術紀行まで幅広く報告する
展覧会が10倍楽しくなる!
アート鑑賞の玉手箱

発売日:2013年4月10日
定価:2,415円(税込)
発行:梧桐書院
・国家破綻危機のギリシャから
・「絆」によって蘇ったベトナム絹絵 ・平山郁夫が提唱した文化財赤十字構想
・中山恭子提言「文化のプラットホーム」
・岩城宏之が創った「おらが街のオケ」
・立松和平の遺志,知床に根づく共生の心
・別子銅山の産業遺産活かしまちづくり

「文化とは生き方や生き様そのものだ」と 説く著者が、平山郁夫、中山恭子氏らの文 化活動から、金沢の一市民によるベトナム 絹絵修復プロジェクトまで、有名無名を問 わず文化の担い手たちの現場に肉薄、その ドラマを活写。文化の現場レポートから、 3.11以降の「文化」の意味合いを考える。
ベトナム絹絵を蘇らせた日本人
「文化」を紡ぎ、伝える物語

発売日:2012年5月5日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
序 章 国境を超えて心の「家族」がいる
第一章 各界識者と「共生」を語る
第二章 変容する共産・社会主義
     世界の「共生」
第三章 ミニコミ誌『トンボの眼』から
    広がる「共生」の輪

私たちは誰しも一人では生きていけな
いことをわかっていながら、家族や地域、国家 や国際社会のことに目を向けなくなっている。「人のきずなの大切さと、未来への視点」自らの体験を通じた提言としてまとめた。これからの生き方を考える何がしかのヒントになればと願う。
無常のわかる年代の、あなたへ
発売日:2008年3月17日
定価:1,680円(税込)
発行:三五館
アートの舞台裏へ
発売日:2007年11月1日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:アートの世界を長年、内と外から見てきた体験を織り交ぜ、その時折の話題を追った現場からの報告。これから長い老後を迎える団塊の世代への参考書に、若い世代にも鑑賞のあり方についての入門書になればと思う。
アートへの招待状
発売日:2005年12月20日
定価:1,800円(税込)
発行:梧桐書院
内容:本書を通じて白鳥さんが強調するのは「美術を主体的に受け止める」という、鑑賞者の役割の重要性である。なぜなら「どんな対象に興味を感じ、豊かな時を過ごすかは、見る者自身の心の問題だ」からである。
(木村重信さんの序文より)
「大人の旅」心得帖
発売日:2004年12月1日
定価:本体1,300円+税
発行:三五館
内容:「智が満ち、歓びの原動力となるそんな旅を考えませんか。」
高齢化社会のいま、生涯をかけてそれぞれの「旅」を探してほしい。世界各地の体験談に、中西進先生が序文を寄せている。
「文化」は生きる「力」だ!
発売日:2003年11月19日
定価:本体1400円+税
発行:三五館
内容:50歳を前にして企画マンを命じられた新聞人が、10年間で体感し発見した、本当の「文化」のかたちを探る。平山郁夫画伯らの文化財保存活動など幅広い「文化」のテーマを綴る。
夢をつむぐ人々
発売日:2002年7月5日
定価:本体1,500円+税
発行:東方出版
内容:新藤兼人、中野美代子、平山郁夫など、筆者が仕事を通じて出会った「よき人」たちの生き方、エピソードから、ともにつむいだ夢を振り返るエッセイ集。
夢追いびとのための不安と決断
発売日:2006年4月24日
定価:1,400円+税
発行:三五館
内容:「本書には、日本列島の各地でくり広げられている地道な地域再興の物語が、実地踏査にもとづいて報告されている」と山折哲雄先生が序文を寄せている。
   

◆本の購入に関するお問い合わせ先
三五館(03-3226-0035) http://www.sangokan.com/
東方出版(06-6257-3921)http://www.tohoshuppan.co.jp/
「ぶんかなびで知った」といえば送料無料に!!
 

 

もどる